実は私、金融ブラックだった。
過去に破産しています。
巷ではよく「ブラックリスト」として知られているが、噂通りクレジットカードも作れなかった。
今から約12年前になるが、今と同じように自分で不動産会社を経営していた。
今より堅実ではなかったのもあり、約4年で会社経営はピンチを迎えていた。
試行錯誤するもどうにもならずに、当時はすぐにあきらめて破産することにした。
この話は長くなりそうなので、いずれ機会があれば綴ってみます。
そんなこんなで、会社と個人の両方、破産することにした。
その後、約2年くらいかけて免責許可となった。これは期間としては長いほうらしい。
免責許可とは、簡単に言えば借金がチャラになりますという事だ。
免責許可となって私は、晴れて自由の身になったのだった。
と、同時に『金融ブラック』になったのだ。
コロナ前は融資なんて無理だった
それから2年後、懲りない私がいた。
喉元過ぎればなんとやらなんてことわざもあるが、私はまた起業したのだ。
知っている人もおられると思うが、会社を作ると同時に融資を申し込むパターンが多い。
「日本政策金融公庫」や「保証協会付融資」など、創業支援なるものがあるので、創業時は実は借りやすい。
それもそのはずだ。
何年も会社をやっていると、お金を借りるには実績が必要になる。
しかし、創業時は夢を熱く語り、まだ見ぬ架空の資金繰りがある程度成り立っていれば簡単に貸してくれるのだ。
なぜそれを知っているかというと、破産してしまった1回目の会社の時にはしっかりと創業融資を受けていたのだ。
「日本政策金融公庫」と「保証協会付融資」の創業融資だ。
自分でもびっくりするくらい簡単に借りれたのを覚えている。
と、いうことはどういう事かというと、1回目の会社で借りていた「日本政策金融公庫」と「保証協会付融資」を返さずに会社を潰してしまったのだ。
そうなるといくら創業融資は借りやすいとはいえ、きっと私には貸してくれないだろうと考えるのが自然だ。
今回の2回目の会社でも、実はダメ元で申し込んでみたのだった。
忘れもしない面談時・・・
「以前お取引きいただいてますよね?」
と聞かれてしまったのだ。
あぁ、やっぱりダメか・・・と思いながら
「以前は申し訳ありませんでした。どうしても再挑戦したいと思いまして不躾ながら申し込ませて頂きました。」
と、誠心誠意の回答をした。
しかし、やはり現実は難しかった。
「結果は後日ご連絡しますが、基本的には難しいと思っていてください。」
と言われたのをよく覚えている。
なんか悔しいやら情けないやらで、涙をこらえながら
「銀行からお金借りて下さいって頭下げにくるまで頑張ってやる!」
と当時心に誓ったのだった。
コロナ融資の話を聞いた
起業からしばらくしたころ、世の中は未曽有の事態に陥っていた。
有名人の命や、多くの命を奪った新型コロナウイルスだ。
初めて体験する緊急事態宣言で、苦境にたたされる企業が爆発的に増えたのがこの時期だ。
そんな中、政府は金利負担なしで企業に融資しやすい環境を用意した。
私はというと、そこまで資金繰りが悪くなかったに加え、前述の通り融資が受けれるわけがないと考えていた。
ところが、まわりの知り合いの会社がどんどん借りている。
「コロナ融資借りた方がいいよ!」と何人に言われたか・・・。
ダメ元で申し込んだ
みんながそこまで言うならダメもとで申し込んでみよう。
そう思うようになったのだった。
この時世の中は、不要不急の外出は控えましょうとテレビでも繰り返していた。
この言葉通り、日本政策金融公庫の融資にしても面談なしで融資してくれるらしい。
本当に面談なしでバンバン貸している。
ところがだ・・・。
申し込んですぐに日本政策金融公庫から面談のお知らせが届いた。
どうやら私の面談はするらしい。
でも不要不急の外出を掲げている世の中で、貸せない人間をわざわざ呼び出さないよな?と疑問がよぎっていた。
そしてその面談のお知らせには当日持参するものが記載されていたが、気になる箇所が・・・
◆破産関連の書類(免責許可書)
と書かれていた。
あー。やっぱりすぐにわかっちゃうのね。
どうせダメそうだからやめようかなとも思いましたが、ダメもとで面談だけ行くかと・・・。
この時は、前に味わったような悔しい思いをしたくない気持ちが大きかったです。
まさかの融資実行
面談に行ったら、最初の20分くらいはずっと1回目の会社が破産したことの話だった。
・どうしてダメになったか?
・他も含めていくら借りていたか?
・今回は過去を踏まえてどうしていきたいか?
・今回融資したとして返済は可能か?
などなど、尋問のような形式で細かく過去を聞かれたのでした。
状況が良いのか悪いのかわからないまま面談終盤になると・・・
「今の世の中の状況で、過去の事を理由に貸さないわけにはいかないので前向きに検討します。」
と思いもよらない返答があったのだった。
それから2日後だったと思う。本当に早かった。
「500万円でよろしければ融資させていただきます。」
とまさかの回答が!
実は申込みは2,000万円していて、過去のこともあるのでという含みもありながら500万円に減額との事でした。
借りれるとは思わなかったので、大変びっくりしたのを鮮明に覚えている。
そして、日本政策金融公庫が借りられると他も話が早い。
保証協会付融資も500万円、商工中金は1,000万円
合計2,000万円の融資に成功したのだった。
今振り返って思う事
100%言い切れるのは、コロナ融資でなければ借りれなかった。
今考えると借りれて運が良いのか悪いのかわからないが、金融ブラックの私は間違いなく融資を受けたのだ。
あの時貸してくれた金融機関には大変感謝している。
武勇伝としては語れるが、この融資で経営に対する油断が生まれてしまったのもたしかだ。
あの時は奇跡だと思った。
そして数年後。
私はその融資の返済に苦しみ、リスケを考えている。
人生とは、本当にわからないものだ。


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